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最近はどーもエネルギーが足らないというか、なんというか、前回のエントリが3月17日ですから、なんとも1ヶ月以上も間が空いてしまいました。
以前は多少とも余力があって、新しい情報だけではなく、WDWを中心にディズニーパークやテーマパーク、アトラクションやらの歴史や生い立ち、興味深い話なんぞも時々書いたりしていたわけですが、それもずいぶんご無沙汰で。 そんな当ブログの過去記事で、2年前の2005年の9月頃に何回かにわけて書いたものに「EPCOTの夢と現実」というのがありまして、これはウォルト・ディズニーが構想したEPCOT(つまりいまのWDW全体)と、ウォルト亡きあとそれが現実にどう造られて行ったかという話の概略を書いたものなのですが、そのパート1(「ディズニーワールド・トリビア解析その3〜EPCOTの夢と現実(1)」)に、ウォルトが構想していた当時のこんなマジックキングダム・エリアのスケッチを掲載しました。 僕はこの時の記事のなかで、このスケッチを見て、中央部のセブンシーズ・ラグーンを囲む4つのリゾート(ホテル)のプランのうち、下方にやや外れた位置にありベイレイクに面しているのが現在のコンテンポラリー、左に半分隠れているのが現在のポリネジアンらしきもの、上方の四角い敷地形状のものが現在のグランドフロリディアンになるであろうもの、そして現在のトランスポーテーション&チケット・センターあたりにプロットされているのは、はてなんでしょう、と書きました。 じつは僕が書いたこの内容、あたりはずれというか、やや間違いがあったんですね。 それがわかったのは、アメリカのマウス世界では著名なブログサイトJimhillmedia.comの20日付けの記事からでした。 JHMの記事によると、WDWには当時構想されて実現しなかった3つのリゾートが存在していて、それがこのスケッチにプロットされているようなんです。 その3つのリゾートとは、ひとつがこのスケッチの「ベニス」をテーマとしたリゾート。 高さ120フィートの鐘楼をシンボルに、古風で明るいなキャナル・シティの建築デザインを盛り込んだ水辺の都市、という感じ。 敷地が湖にせり出していて、ボートなどで遊べるリゾートの風景が良く表現されていますよね。 2つ目がこのスケッチのリゾートで、これは「ペルシア」をテーマとしたもの。 現在だと、いろいろと差し障りがあってアメリカでこんなデザインのリゾートホテルはデザインされることはないでしょうが、なにしろ1970年のことです。 アラビアンナイトの宮殿、もしくはブルーモスクをイメージしたような宮殿形状の大きなメイン棟を中心に、水辺のオアシス風の環境と、おそらく当時としてはかなりユニークなリゾート・プランになっています。 そして3つ目が、このアジア風のデザインのリゾート。 テーマは「タイ」で、JHMの記事によると50室のスィートを含む600室の大型リゾートで、中央の160フィートの高さの建物にはテーマレストランとラウンジがあり、ステージ・エンターテインメントやダンスフロアができるはずでした。 さて、この3つのリゾートは構想だけのまま、結局造られることはなかったわけですが、1971年(WDWのオープンした年)に撮影されたじっさいのマジックキングダム・エリアの航空写真には、最初の全体構想のスケッチにプロットされたと同様の位置に、すでに敷地が造成されている様子が写されています。 この写真では、WDWオープンと同時に開業したコンテンポラリーとポリネジアンが写っていますが、あとの2つの場所、セブンシーズ・ラグーンの向こう岸にはスクエア(四角い)な形状の敷地、その対面の手前側の岸にはやや楕円形状の造成地があるのがわかると思います。 JHMの記事によると、四角い方にはタイのリゾート、楕円の方にはベニスのリゾートが造られる予定だったのだそうですね。(ということは、ペルシアは結局、ポリネジアンになったということかしらん) それがなぜ、実現しなかったのか。 それはつまり、1973年のエネルギー危機(日本で言う第一次オイルショック)のせいなんだそうです。 それから、ディズニーとしてはエプコット(1982年オープン:当時はエプコット・センター。前にも何回も書いたかも知れないけど、僕はこの名前の方が好きです)の建設にともなうごたごたと膨大な予算オーバー、ディズニー社の経営不振と続く流れのなかで、結局、リゾートの追加はしばらく放置されていきました。 で、結局、この当初のリゾート案は捨てられて、四角い敷地の部分にはアイズナーおじさんによってグランドフロリディアンが造られたというわけですね。 さて、もうひとつのベニスのリゾートが造られる筈であった楕円形状の方の敷地ですが、こちらの方にもアイズナー時代に別のプラン(古代ギリシャ風のポストモダン(?)だとか)が考えられたのだそうですが、この敷地は沼地で(どこもかしこも沼地ですけど、ここは特に)土壌が悪く、杭を打ってもめり込んでしまい建築物を支えられないとの理由で建設されなかったとのことです。 2年前に記事を書いてから、あやふやだった部分がようやく分かりました。 JHMさんからは勝手に写真を引っ張ってきましたが、やはり専門ウォッチャーの話は読んでみるものですね。遥か日本から感謝です。 ところで、JHさんも最後に書いていましたが、冒頭のウォルト時代のマジックキングダム・エリアを空から俯瞰した構想スケッチは美しいですね。 どんな場所、もの、こともそうかも知れませんが、だんだんとゴテゴテしていきます。 また、シンプルに美しい、というだけでは、物事はうまくはいかない場合が多い。 でもやはり、ゴテゴテを排除した美しさは良いですね。 (掲載したスケッチ、写真はすべてCopyrightウォルトディズニープロダクションズです) 《WDW旅行記シリーズ》をお読みになりたい方は、メニュー内の『旅行記コンテンツ(目次)』からか、ここから「目次」のページに行くと、各ページごとにお読みいただけます。 もしコメントをいただけるようでしたら、とても励みになります。 人気ブログランキング参加中!!面白く読んでいただけましたら人気blogランキングへワンクリックお願いします。
by oldwdwfan
| 2007-04-21 16:08
| WDWトリビア解析
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